− 意志は物理現象か? −
で,結論として "その感覚は進化のために与えられたものかも" という風に持っていきたいんですが,その前にまず,意志とは何なんだ?ということについて思うところを書かせてください.
もちろん,そんなことは心理学とか哲学とかでさんざん議論されてきたのでしょうが,それらを完全に無視して (てゆーか何も知らないので) 勝手に考えてみます.
ためしに,なぜか手元にある平凡社の心理学辞典で "意志" を引いてみると, 「その本質に関して長期にわたり議論が錯綜し定まることが無かった」 とあるので (素直にわからんと言えんかなぁ),少しくらい変なこと言ってもいきなりバックドロップかまされることは無さそうです.
例えばこんな文章を書いている自分の意志って,一体どこにどんな風にあるんだろうかと考えだすとワケわかんなくなってきます.
仮に脳の中にその実体があるとして,例えば 「山へ登ろう」 と考えたときの意志って,どこかの神経細胞の特定の状態として物理的に定義できるんだろうか?・・・とか.
そうやって悩んでると,実は意志なんてどこにも無いんじゃないかという気さえしてくるんですが,それでも自分の身体は何らかの目的に向かって意味ありげに動いているわけで,やっぱりどこかに何かの形ではあるんだろうなと思います.
犬や猫に意志があるかと問われれば,そりゃあるでしょうよと胸張って言いたいですが,これが虫や植物や微生物などになってくると自信が揺らいできます.でも,それらにしたって,生という営みに向かって意味のある活動をしてるんですから,その源である何かは意志と呼べそうです.
ミドリムシは光に向かって移動する習性があるそうで,これくらいは何かの化学的な反応で説明できるのかもしれませんが,それを意志と言っても私には違和感はありません.
どこまでが反応や反射でどこからが意志なのか・・・,その境界って実はハッキリしてないんじゃないでしょうか?
そうやって考えてくと,私の妄想は原始の海に漂っていた自己複製を始めたばかりの有機体にまで行き着いてしまいます.彼らの意味ありげな行動と言えばそれこそ "自己複製する" ことくらいでしょうが,それだってもう意志と呼べるんではないでしょうか.
もしそうだとすると,原始生命の段階では意志と行動が未分化だったということになりますし,結局のところ,生き物の意志は化学反応なり物理的な状態などに還元できると言えそうです.
想像を逞しくすれば,いわゆる生命以外のものでも意志があると考えることだってできそうです.
そりゃあ理屈もクソもありませんが,そう考えた方が面白いじゃないですか!
私は,十分複雑な系が何かの目的に沿った協調した行動を取るとき,そこに意志があると考えても許される気がしています.
つまり,現状で分析的な説明ができないのなら,外から観測してそれらしく見えれば,それを意志とゆーとかなしぁーないやん,みたいな・・・
つづく
February 25, 2006
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