May 3, 2010

空間脳と関係脳(7) -一万年のすれ違い-

これまでファームを訪れてくれた何頭もの犬を見てきて,ちょっと意外に思ったことがある.それは,彼らが皆,思いの他まったりしているということである.
車から開放された当座こそ,張り切って辺りを駆け回りもするが,人間同士が長く話し込んだりすると,いつのまにかあっちこっちで寛いで,ふと気がつけば船を漕いでたりする.

遊び場所がある上に,家畜たちの匂いが一杯なので,特に初めての犬はさぞ興奮するだろうと覚悟していたが,その予想は外れた.もちろん中には落ち着けない犬もいるが,そんな時は大抵,飼い主さんの方が興奮しているのである.

もしかしたら,生き物の匂いって案外落ち着けるのかもしれない.毎日接している排気ガスや芳香剤の匂いは,たぶん,彼らにとって「正体のわからない」匂いだ.未知の物に取り囲まれると落ち着けないのは人も犬も同じだろう.先祖が穴蔵で暮らしてきた犬には,なおさらのことかもしれない.

私たちが最初に飼ったコリーは,ある日突然,ショーウィンドウや門構えの立派な家の前を歩けなくなったことがある.リードで促しても,座り込んだまま頑として動かない.その妙な行動は半年ほどで自然に消えたが,散歩が不自由で苦労した記憶がある.理由はわからないが,たぶん,彼女は私たちには見えない何かを「見て」いたのだろう.

犬と暮らし始めて1万数千年.
いつも一緒のようでいて,私たちはまるで違う世界を生きてきたのかもしれない.


おわり