June 14, 2012

時の守り神 (6)脳化社会の住人

福岡伸一氏によれば、私たちは自分で思っているほど外界から独立した存在ではなく、絶えず周囲と物質を交換し続けている、分子のゆるい「淀み」であるらしい。その淀み=動的平衡が、「生きている」ということの実相に近い。

だから、自身が自然の一部であると感知することは、錯覚でも特殊な体験でもスピリチュアルでもなく、普段忘れている自分のあり方を再確認しただけ、と言うべきかもしれない。

なぜ、それだけのことが難しいのだろうか?

どうやら私たちの脳は、自身を周りの環境からできるだけ隔絶し、心身のシステムが擾乱されるのを防ごうとする性向を持っている。
その端的な証左が家を作って中に住むことだが、特に最近はその密封度を高め、消臭や除菌や防ダニ処理を施し、室内環境を維持することに躍起になっている。
街を歩く人は何かに身構えるかのように表情が硬いし、眼鏡やヘッドフォンやマスクは、不快な刺激を遮断するための鎧のようである。

そうやって身の回りを固めることで清浄と安全を確保しているのだが、それは同時に、自然が有する混沌や未知性から遠ざかることでもある。
防御モードに入ってセンサ感度を下げた状態では、自然の音楽を聴くことは難しいのではないか?
そんな気がする。


つづく
 

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