なんか話ずれた.
例によって犬と結びつけてまとめてしまおう.
以前のヨタ話で犬のバランスについて書いたことがある.
どうしても自分はヒトよりイヌの方がバランスが良いように感じてしまうのだが,それって何?というテーマだった.そのときは,"身体(=自然)" 対 "脳" という図式をでっち上げたが,今回,2つの欲動のことを聞き知って,いや実はこのバランスのことだったのかもと思い直した.
犬は,互いを「名」で区別しその細かな差異に関心を払うことが無い.ことさら個を主張することもしない.群(それも"主体的に"選ばない.あくまで"縁"だ)になってしまえば,グレートデンも人もパグもミケも構成員として変わりは無い.仲間に劣等感を持たず,他の群を羨まず,自由だ正義だ平等だと(人目を気にして)力まない.そして,群としてのパフォーマンスが最大になるように自分の立場役割を見定め,そのように行動し,その上で個々の生を愉しむ.このあたりが,社会的動物としてのバランスではないだろうか.
だからといってそれをマネしようとしても詮無いことだ.もう人と犬は違いすぎる.
ただ彼らと暮らすことによって,(普段は意識に上らない)私たちの個体保存欲動と性欲動のバランス具合を自覚することはできる.
もしバランスが悪いとしたらどーしたらいいのか.
それはわからない.
第一,バランスが悪いことが悪いと決まってるわけじゃない,ってゆーか自然界には良いとか悪いとかの概念は無い.例えば,もしそうなることが自然のプログラムに組み込まれているのだとしたら,私たちに何ができるわけでもない.要するに何が言いたいのかと言うと,まぁそういうことだ...ってほらぁ,やっぱりまとまらない.
しょーがないからこのままぶった切ってしまおうと思っていたが,たまたま朝日新聞紙上で宮崎駿氏のメッセージを見かけたら気が変わって,シメの代わりにコピペさせてもらうことにした.
あまり脈略は無いんですが,今の気持ちにピッタリだったので...
「コナンのころは美意識に基づいた一種の終末思想がありましたが,そんなきれいな終末は来ず,どろどろ,ぐしゃぐしゃのまま21世紀はやってきた.
じゃあ今,何をよりどころにするのか.
人間がすべてを捨てても最後まで捨てないはずの子供ではないか.
ひとまず産まれた子供をみなで祝福し,一緒に苦しみながら生きましょう.
そんな風に思います.」
そ,そうですよね,監督!(涙)
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