May 2, 2007

バランス(1) 時間の話

人間とサメが水中エサ採り競争をすればどちらが勝つだろうか?
(人間が同じくらい速く泳げたとしても)おそらくサメである.
未知の物体に出会ったとき,サメはそれを「食べられるもの」か「そうでない」かの二者択一で判別するが,人間には,それに加えて「よくわからない」という判断カテゴリがある.
そのための一瞬の躊躇が,サメの勝率を有意に高くするだろうというへ理屈でした.

これはサメと人間の思考の大きな違いである.
「よくわからない」という判断は,それが当面の行動には結びつかないという理由で,サメにとっては何の意味もない.
同じ「わからない」が人間にとって意味があるのは,その価値が「今はわからなくても,そのうちわかるだろう」という期待に担保されていて,また答が得られたときに「ああ,あれのことね」と過去に遡って記憶をリンクさせることができるからである.
つまり未来や過去という時間モデルを導入することで,「わからない」は積極的な意味を持つ.人間はこれを最大限に利活用して知識を増やしてきた.

動物学者によると,基本的に動物の思考は無時間モデルなのだそうだ.
本当かどうかは知らない.
でも確かに,「待て」コマンドで丸一日同じ場所でうずくまる犬なんか見聞きすると,時間の概念なんて無いんだろーなと思える.(いくら犬だって「俺もう3時間も待ってるんだよな・・」って考え出したらやってられないよね)
ただ,例えば「仕事をすれば褒められる」とか「朝になれば散歩に行く」など,少なくとも順序や因果関係は理解しているから完全に無いとも思えない.
おそらく考量する時間のスパンが長いか短いかという,量的な違いではないだろうか.

それはともかく,うちの犬たちに「時間がもったいない」という概念が無いのは確かだ.
日に数回,多くは昼前後の数時間,みわファームの時間は止まる.
部屋にできた陽だまりで,折り重なり,裏返しになり,白目を剥き,手足を震わせ,犬たちは一丸となって惰眠を貪る.
そこにあるのは,「いま,ここで」いかに心地良く過ごすかという赤裸々かつ破廉恥な欲望だけである.
起きぬけに,過ぎ去った時間を悔いる犬はいない.
いたら気持ち悪いやね.
 
つづく
 

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